土地親和論 ‐ オリンピックの開会式を見て感じた統合の意味(その2)
昨日のブログで、私がオリンピック開会式で私が気になったことは、日本の立ち位置として東洋と西洋の接点としての日本という視点に欠けていたのではないか、ということを書きました。
もう少し、この辺りについて書いてみたいと思います。
まず私自身の背景です。
私が生まれて物心がついた時(ちょうど高度成長期の頃)には日本は先進国でした。
いや先進国に追いついた時と言う方が正しいかもしれませんが。
私の子供時代の生活も西洋化しつつありまして、小学生時代には既にマンションに住み洋式トイレを使っていた、ぐらいの状況でした。
今のネット三昧の生活とは違いますが、個人主義的な生活の走りと言えましょうか。
青年期の趣味は洋画を見ることと洋楽を聞くこと。
以上何が言いたいかと言うと、物質的表面的には子供のころから西洋的な文脈の中にドップリつかっていたということです。
子供時代からの日常の積み重ねの結果、西洋文化をあこがれの対象ではなく生まれた時から親しんできた便利なツールとして見てきているということでもあります。
一方思考の様式はどうかと言うとこの部分ではちょっと趣が変わってきまして、精神的な影響が後世強く残るであろう子供時代によく接触した祖母や祖父を含む老人が日本的情緒を強く残していた明治生まれの人たちであった影響か、私自身が言うのもなんですが精神的には非常に日本的な部分が存在しているように感じています(抽象的な説明ですみません)。
私が土地親和論をまとめた背景も、子供時代良く接触した老人の影響もあるのではないかと思います。
そんなことで私自身、私の思考や感じ方のパターンの中には東洋的なものと西洋的なものが5分と5分に近い形で混在しているのではないか、ということは以前から感じてきたことでした。
私の中に、東洋的なものと西洋的なものが混在する。
そうです、この混在を上手く整理し統合していくことが土地親和論における課題であるわけですので、私自身今もって課題を克服すべく歩んでいるということにもなるわけです。
そんな私がオリンピックの開会式を見て感じたこと、それは開会式において東洋と西洋のバランスがぼけている、反対に言えば日本の立ち位置が東洋と西洋の接点であることを強く意識しそのことを周りに臆せず忖度せず、日本の誇るべき独自性としてもっと表現しても良かったのではないかということです。
つまり、このブログの最初に書いたことである日本が東洋と西洋の接点であるという視点に欠けているということになるわけです。
そしてオリンピック開会式に関する論評を見て私が驚いたのは、様々な視点や指摘を通じて私と同じ感覚を持っている人が意外と多いということでした。
次回のブログではこの辺りについて、もう少し具体的に考えてみたいと思います。
続く